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子供の不登校をきっかけに母子の絆は強くなった

息子は中学で不登校になった。小学一年生の時も、急に集団が大きくなったためか、学校を休みたそうにしていた
し、三年では友達ともめて数日休んだこともある。
五年では先生に理不尽に頭をはたかれ、「あんな教師のいる学校へは行く価値がない。」と登校しなかった時期もある。
でも最後の年は担任がとても素敵な方で、「学校大好き、先生大好き、友達大好き」で終えることができた。
本人はその良い状態のまま中学に入学し、運動部と勉強と学校生活を初めてでハードながらも一所懸命こなしていた。
でも夏には「二学期から学校には行かない。」宣言。
担任に理不尽に叱られ、弁明も聞いてもらえなかったのが引き金だったそう。
それは引き金に過ぎず、学校に様々な違和感をもっていたようだった。
当時の私は「どうやって登校させようか?」ということで頭がパンパンだった。
なるべく早く復帰したほうが戻りやすいと思い込んでいたからだ。
そんな時、担任に一度でいいから登校してみて、と指示があり、親子で向かったことがある。
校舎が見えた時、彼の表情も体も瞬時にガラリと変わって硬直したのがとても衝撃だった。
そこでようやく私が「身体がここまで反応するほどこの子は今本当に嫌なんだ。」と。
スーッと冷静になることができ、これは休憩が必要かもしれない、と気づき、また不登校は彼の問題なのだということもストンとわかった。
だから、息子には「学校行きたくなるまで、家に居ていいんじゃない?」と言えるようになったし、私自身も息子のことばかりに集中していないで、自分の人生を生きる!と決めた。
「子どもの人生の責任は親にある。」と親は考えがちだけど、実際そんなおこがましい話はない。
誰かの人生はその誰かのもので、ハンドルを握るのも責任を持つのも本人。
親はそれを見守る。
邪魔しないことにとても注意を払って。
もし何か影響したいなら、親も自分の人生の責任を持ちハンドルを切っている姿を、見せていくしかない、のだ。
そこを抜けたら日々の暮らしがとても穏やかになった。
私が出かける時は「お風呂掃除とアイロンがけお願いね!」と明るく会話ができたし、お腹がすけば自分でパスタを作って食べるような日もあって、頼もしいなあ、と感じることも。
そんなゆったりした家庭での時間を過ごしていた彼は、3年の二学期後半にはだいぶ充電ができ、遂には、自分の行きたい高校を自分で選ぶことができました。
ずっと保健室までしか入れなかった状態からクラスにも入り、卒業式の練習本番、と参加でき、卒業式の後のクラスの打ち上げにまで参加して、満面の笑みで帰ってきていた。
賞味1年半弱の不登校生活を今振り返ると「疲れてしまったから休んだ」「納得がいかなかったから立ち止まった」というただただシンプルなことだったのだと思う。
それを社会的に将来的に心配だから・・・と無理に通わせようとするのはナンセンスそのものだったのだ。
早いうちに私が気づいてよかったと思う。
今になって思うのは、本人も当時きつかっただろうな、ということ。高校二年の現在、弟に「学校は行っておいたほうがいいよ。」とさらっとアドバイスをしている。
「○○に言われてもねえ・・」と返事されると、「俺は行かなかったことに後悔してないけど、行けるならいっておいた方が色々できるし。」と。
自分の中学時代を振り返り客観視するようなこともできている。
そんな変化を目の当たりにしてみると長い人生のほんの少しの時間を充電に充てられて、本当に良かったと思える。
親にとっては試練でもあったけれど、結果母子の絆は強くなったことは間違いない。
いい経験だったと今ならいえる。

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